2011/6/18 兵庫県西部 たつの市、太子町ほか2011年07月01日 23時08分39秒

高速休日1000円終了を記念して、終了前日の土曜日
今にも振りだしそうな空を気にしながら、遠出してきました。

行き先は兵庫県龍野周辺。
(現在、「たつの市」という表記になっていますが、意味のないひらがな地名は
大嫌いなので、「龍野」と書かせていただきます)

兵庫県は全般にあまり鍾馗さんが見つかっておらず、
特に神戸以西は少なくなりますが、龍野市街地では以前に何体か見つけているため
今回はその周辺の集落を探ってみることにしました。
計画時にリストアップした集落は四十数か所。
さすがに車でもそんなには回れないですが、
遠いところなので欲張ってみることにします。

自宅を3時半に出発、目論見どおり吹田、宝塚あたりも渋滞することなく
目的地には7時前には到着しましたが、途中は土砂降りのところもあったりして
龍野ではとりあえず上がっているものの、今にも降り出しそうな空模様。

龍野周辺でもそれなりの収穫があったのですが、
太子町に入ったところから、訪問する先々で面白い鍾馗さんが見つかりだし、
非常に忙しくなってきました。
見たことのない鍾馗さんが次々に現れます。

それとともに空模様もいよいよ限界となり、
撮影に支障をきたすくらいの雨になってきました。

結果、予定の半分強の25か所を訪問したところで終了としましたが、
その先にも十分期待を持たせる結果なので、続きの訪問を早く実現せねば。

以下に主な鍾馗さんをご紹介します。

太子町鵤の鍾馗さん
(太子町鵤)
斑鳩寺の門前。
陶器製で人形風のかわいらしい鍾馗さんです。
そんなに古いものではないでしょう。


太子町立岡の鍾馗さん
(太子町立岡)

鬼瓦一体焼成です。
手足の位置がへんてこな素朴系。


太子町矢田部の鍾馗さん
(太子町矢田部)

おとんさんの感想は「ねずみ男」。確かに。
それにしても腰の結び目は顔よりもずっと大きいですね。


太子町矢田部の鍾馗さん
(太子町矢田部)

この鍾馗さんは強そうです。
腕が太い。

太子町蓮常寺の鍾馗さん
(太子町蓮常寺)

#544の亜種として博物館には登録しましたが、
亜種登録はもったいない強烈な個性です。
不動明王みたいだなと思いましたが、
火焔鍾馗」と呼ぶことにします。
こりゃーヒゲではないですよね。


太子町竹広の鍾馗さん
(太子町竹広)

この鍾馗さんを見つけた頃から雨が激しくなってきました。
ほんのひととき、小止みになった隙をみて撮影しましたが、
あまりまともには写りませんでした。


太子町竹広の鍾馗さん
(太子町竹広)

こちらも雨のうえ、撮影可能位置がほとんどなくピンぼけに。
これは脚立でもかついで、再訪が必要ですね。

なんともユニークな姿形です。
本当に鍾馗なのか、正直言って自信がありません。

また左右に銘らしきものも入っていますが、今回の撮影では判読できていません。


姫路市網干区和久の鍾馗さん
(姫路市網干区和久)

JR網干駅から程近いところです。


今回発見の鍾馗さんはほとんどが「お寺鍾馗」でした。
時間がないので寺の周りだけしか見ていないせいかもしれませんが、
畿内から離れるほど、お寺鍾馗が少なくなる傾向があるなか、
この付近にはお寺鍾馗の風習がしっかり伝わっているようです。


2011/7/8 甲賀・伊賀2011年07月13日 22時28分49秒

今年の梅雨も早々に明け、ぎらぎらと陽射しが照りつける季節になりました。
歩くのが基本の鍾馗探索には一番不向きな季節です。
特に水分補給が不確実な農村部に行くのには、かなりの覚悟が必要です。
今どきの日本、コンビニはともかく清涼飲料の自販機くらいは
どこにでもありそうなものですが、歩いて移動する人間にとっては、
なかなかたどり着けないことがあって、2008年には三重県で死ぬかと思ったことも。

さて、猛暑に探索は気が進まない状況下、
相方に付き合ってドライブに出かけることになりました。
それならば、と少々の探索をかけてみる事にしました。

目的地は滋賀県甲賀市信楽町と三重県伊賀市の旧阿山町域。
いずれも丘陵地に集落がところどころに点在していて、陽気の良い時期であれば
歩いて巡ることも可能ですが、この時期にはちょっとありえないので
車でちょっと走っては止まり、お寺の周りをきょろきょろすることを
繰り返しました。

滋賀県内で10か所探索しても目立った収穫はなく、三重県に入りましたが
こちらも最初に訪ねた集落ははずれ。
それほど気合を入れて来たわけでもなく、
そろそろ暑さもあって気力が薄れてきたところで当たりがきました。

伊賀市西湯舟の鍾馗さん

伊賀市西湯舟平泉寺は、お寺の前に民家が数件点在するだけの小さな集落です。
地図で見るたたずまいからは大して期待できるとも思えず、
パスしようかと思ったくらいでした。
ところがこの小さな集落に、上のものに始まり五体の鍾馗さんを発見。
それも初見のものばかりです。

伊賀市西湯舟の鍾馗さん


伊賀市西湯舟の鍾馗さん


伊賀市西湯舟の鍾馗さん


伊賀市西湯舟の鍾馗さん


さすがに最近は探索し尽くしてきた感もあり、なかなかこれだけの大収穫を
ひとところで得ることはなかっただけに、
いやぁ、年甲斐もなくすっかり興奮しました。

以降は憑き物が落ちたように好調となり、
以下の鍾馗さんを発見しました。


伊賀市中友田の鍾馗さん
(伊賀市中友田)

伊賀市小杉の鍾馗さん
(伊賀市小杉 下も)
伊賀市小杉の鍾馗さん


数はそんなに多くないのですが、量産品が少なく、
手びねりの逸品揃いの伊賀地方の面目躍如といったところでした。



2011/7/15 亀岡2011年07月19日 00時37分11秒

去年に続き、祇園祭の宵山を見物し、翌日は半日だけ
京都市からひと山越えた隣町である亀岡に行ってきました。

亀岡は4度目の訪問。中心部は何度か歩いています。
主だった鍾馗さんの健在を確認しましたが、なにせこの日は36℃近い猛暑。
いつまでも歩くのはちとつらいため、早々に切り上げました。

その後、周辺の集落を車で順番に巡りました。
6か所訪問したうちの保津町訳目だけで鍾馗さんに会うことができました。
以下が見つかった鍾馗さん。

亀岡市保津町の鍾馗さん

亀岡市保津町の鍾馗さん

亀岡市保津町の鍾馗さん

以上はいずれも初見の鍾馗さん。

亀岡市保津町の鍾馗さん

こちらは#1183

鍾馗さんの見られない集落がほとんどでしたが、こうして集中しているところもあり、
舞鶴でまとまって見られたことからも、丹波地方にはまだ隠れた鍾馗の里が
あるのかも?しれないですね。

2011/7/22 秋葉街道ミニトリップ2011年07月23日 22時50分07秒

台風一過の金曜日、南信地方へ行ってきました。

先日訪れた飯田・駒ヶ根からさらにひと山越えた秋葉街道を
部分的ですがうろうろしています。
目的は観光ですが、先日飯田郊外で鍾馗を見つけていることもあり、
ひょっとして、という下心も若干。

伊那谷はずいぶん広々とした谷で、集落もあちこちに点在していて
探訪しがいがあるのですが、
秋葉街道沿いの谷筋は伊那山地と赤石山脈に挟まれて平地はごくわずか。
生まれて初めての訪問でしたが、「秘境」の言葉がよく似合います。

秋葉街道は諏訪大社と静岡県掛川を結ぶ、非常に古い街道だそうで、
国道152号線が重なりますが、険しい道で国道の不通箇所もあります。
最短距離とはいえ、険しい峠がいくつも行く手にふさがり、
伊那谷に回ったほうが、はるかに歩くのには適しているように思えました。

当然家の数も少ないわけで、到着して早々に鍾馗さん発見については
あきらめモードです。結局ひとつも見つからなかったので
今回の探訪記は以降、「みちくさ」の話ばかりですので悪しからず。


最初の訪問地、上村(現在は飯田市上村)の下栗集落は
にほんの里100選」にも選ばれた、知る人ぞ知る特異な里。
行ってみて眺めてみても、よくぞこんなところに、
と絶句するような、山上の集落です。
尾根筋のわずかに傾斜の緩い一角に30軒ほどの家が
へばりつくように立ち並んでいますが周囲は山やま山。

水を得るのも大変でしょうが、学校は?買い物は?医者は?と
考えると?ばかりが思い浮かび、言葉を失いますね。

下栗 鳥瞰
(飯田市上村下栗)

ここからは街道を離れ、尾根筋を走る道を通ってしらびそ峠へ。
1900mほどあるこの峠は南アルプスの大展望が望めるとあって
期待していったのですが、到着前からすっかりガスの中。
ただでさえこれまでの猛暑がうそのような涼しい日なので、寒いこと寒いこと。

地蔵峠で国道に戻って下っていくと、「中央構造線 安康露頭」という
看板を発見し、寄り道することに。

後付けの知識ですが四国、紀伊半島を横切る中央構造線が
豊川で方向を変え、ここ秋葉街道の通る谷筋に並行しているのだそうです。

大鹿村 中央構造線安康露頭
(大鹿村 中央構造線 安康露頭)

これが露頭です。素人にはよくわかりません。
三本の黒い縦筋が熱で変成した地層のようですが・・・


マイナーな名所のはずですが、ここで数人の高齢の男女に会い、
いろいろ声を掛けられました。
地磁気がどうとかこうとかやたら元気なのですが、
何を言っているのかよくわからず、すれ違ったあとで反芻してみると、
どうやら「パワースポット」がらみの方たちのようです。

そういえば、さらに北に行った分杭峠はそういった人達には大人気で、
山道には時ならぬ行列ができていると、どこかで見たような気もする。

病気が一瞬で治るとか、眉唾だと思うのですが、
通販の健康食品が好きなお年寄りなんかが好まれるんだろうな~

こんな山奥へ連れ立って車を運転してやってくる元気があれば、
パワースポットに頼る必要はなさそうな気もするけど・・


その後、重要文化財指定の松下家住宅を見学(外から)して、
ほぼこの日の予定を終えました。

大鹿村 重文 松下家住宅
(大鹿村 重文 松下家住宅)


おまけです。
電柱のように見えるこの柱はなんでしょう。
答えは明日にでも。

中川村 物干し竿?
(中川村小渋湖温泉)

半鐘の柱(火の見櫓?)でした2011年07月24日 23時04分25秒

昨日の答えです。

中川村 物干し竿?

柱に近づくと、こんなものが巻いてありました。

消防信号
ぐるりと巻いてあったので三分割で見づらいのですが、
消防信号です。
ということは、上のほうにある横棒にかつては半鐘が下がっていたのでしょう。
人が登ることはできないので、火の見櫓ではないですが、
こういうのを、なんと呼ぶのかよくわかりません。

消防信号(筑北村西条)

こちらは春にまきさんに筑北村西条をご案内いただいたときに見かけたものです。

上との違いはいろいろありますが、
上には左のほうに「水防信号」なるものが図示してあります。
確かに周囲にあまり民家はないところですが、
眼下にいかにも荒れ川といった風情の小渋川を見下ろす高台にあって
水防信号が必要だったのは納得がいきました。

細かく見ていくと、上は右から左に文字が書かれていて一見古そうですが、
「信号」と表記しているのに対し、下は左から右書きですが「信號」と旧字表記。
「応援」も「應援」です。

どちらが古いんだかわからなくなってきました。